言葉は刃物

やあ。オブラートだよ。

前回の記事「プレイベ前のメンタル」に反応してくれてありがとう。
 

 
いやー
出かける直前に急にめんどくなるのが
ボクだけじゃないってわかって、ちょっと嬉しくなったよ。

 
今回は「言葉は刃物」っていうお話だよ。

ものものしいタイトルだけど・・・
実際あまり楽しくないお話かもしれないね。

それでもよかったら見ていっておくれよ。
 

今回は最初に昔話をするね!

過去へルーラ!

これはボクの体験談かもしれないし、
そうじゃないかもしれない。

伝え聞いただけの話かもしれないし、
フレンドの話かもしれないし、
チームで起こった話かもしれない。

その辺りはちょっとにごさせてね。

でもお話をわかりやすくするために

傷つけた人=Aさん
傷つけられた人=ボク(オブラート)

としてお話を進めるよ。

ではいってみよう!
 

むかーしむかしあるところに・・・

むかーしむかしのことじゃった・・・

ある日ボクはAさんから

罵詈雑言ばりぞうごん(口汚い言葉でたくさん悪口を言われること)
を浴びせられた。

きっかけはたしか・・・

ボクがAさんの遊びの誘いを断ったんだ。

プレイベの準備をするとかの理由でね。

それに腹が立ったのと・・・
きっと以前から気に入らない部分があったんだろうね。

「他の人とは遊ぶのに私とは遊ばないのか?」

からはじまり、

ボクへの人格否定から
周りの友人への否定まで

ものすごい剣幕でまくしたてられたんだ。

ボクも傷ついたよ。
人間だしさ。

でも言い返さなかった。
傷つけられたからって、傷つけたいわけじゃないしね。

そして一通りナイフのように鋭利な言葉を聞いた後、

『もう一緒に遊びたくないなあ』

って思ってね。

『イライラさせてごめんね。フレはずすね。お元気で』

ってフレンドを解除したんだ。

まあどこにでもあるお話さ。


それから数日後、共通のフレンドさんから連絡があったんだ。

「Aさんが話をしたいらしい。それを伝えてくれと言われた」

ってね。

ボクは断ったよ。

NO!

共通フレさんには手間をかけさせて申し訳ないけどね。

二度と「一緒に遊びたい!」
って気分にはならないと思ったし、

また言葉のナイフで切り刻まれるのはイヤだからね。

あの悪意に満ちた言葉を思い出すと、今でも胸が痛くなるくらいだから。
 

するとAさん

今度は外部ツールで訴えはじめたんだ。

Aさん
「フレンド切って話もしないなんてひどい仕打ちだ」

「もしかしたら傷つけたかもしれない」

「でもそれだけで、話もしないのはおかしい」

「話し合うことすら許されないのか」

「自分が逆の立場なら話し合って仲直りする」

「それができないオブラートが悪い」

「自分は悪くない」

ってね。

ボクはそれを見て・・・

そっとAさんをブロックしたよ。

DM(Twitterのフレンドチャットみたいなものだよ)
も何か来てたけど見もしなかった。

はい昔話おーわり!
 

昔話から学んだこと

Aさんが悪いのか、それともボクが悪いのか。
人それぞれ考え方が違うから正解はわからないよね。

ただボクはこの一件で

・言葉の刃物でできた傷の深さは、傷つけられた人にしかわからない
・仲直りできるかどうか決めるのは傷つけた人じゃない。傷つけられた人だ

って思ったよ。

言葉の刃物でできた傷の深さは、傷つけられた人にしかわからない

言葉が刃物と化すのは
明確な悪意があったときだけじゃないよね。

ふいに放った何気ない一言が、
誰かを傷つけることもある。

いずれにせよ、
それがどのくらい傷つけたのか
それがどのくらい痛かったのか

傷つけた側からはわからない。

傷の深さがわかるのは、傷つけられた人だけ。

言った側からすると「そんなことくらい」と思うことでも、
言われた側には致命傷となり得るんだ。

少し嫌味を言おうと思って口にした一言が、
修復不可能なお別れの言葉になるかもしれない。

イジリだと思って放った軽口が、
言われた側には深い心の傷として残るかもしれない。

表情が見えない世界、
言葉だけの世界だからこそ、

より一層発言には気を付けたいよね。
 

誰も傷つけない方法はあるだろうか?
 

あるならボクにも教えてほしい!
そんな魔法があったらいいんだけどなあ。

魔法が使えないボクは、
きっと無意識に誰かを傷つけることがあるだろう。

特にSNSが普及したこの世界ならね。

特定の人に向けた言葉を見て、
知らない誰かが傷つくことがあるかもしれない。

それはある程度仕方のないもんだと思ってる。
(仕方ないから配慮はいらないってわけじゃないよ)

なので、
せめて言葉を向ける人は傷つけないように

発言前にひと呼吸置き、
言われた側の気持ちを考えてから言葉にする

ことを意識したいとボクは思っているよ。
まだまだだけどね。
 

仲直りできるかどうか決めるのは傷つけた人じゃない

傷つけて、傷つけられて、
その後仲直りするってこともたくさんあると思うんだ。

ボクももちろん経験あるよ。

でもそううまくはいかないこともある。

例えば幼稚園の頃なら、
誰かを傷つけても

「ごめんね」
「いいよ」
で済んだかもしれない。

でも残念ながら、大人になったボクらには
「嫌ならその人から離れる」
っていう選択肢もある。

ドラクエに関して言えば、
コミュニティは星の数ほどある

傷つけられるのを我慢して
そこに居座り続ける理由なんてない。

仲直りしても辛いだけなら、
仲直りしなくたって良いさ。

きっと傷つける人のいない場所だってあるし、
歓迎してくれる場所だってたくさんある。

どれだけ傷ついたかも知らずに、

「仲直りのための機会がないのはおかしい」
って言う人は気にしなくていいよ。

仲直りできるかどうか。
許すかどうかを決めるのは傷つけた人じゃない。
事情を聞いた第三者でもない。
言葉の刃物で傷つけられた人だ。

ってボクは思うよ。

終わりに

誰しもが持つ言葉の刃物のお話。

そりゃあさ。
みんなと仲良くできたら最高だけどさ。

そうもいかない場合だってあるよね。

少なくとも
自身が大切な人を傷つけることのないよう、

言葉を口にするときはひと呼吸置き、
本当にいいのか?って考えてから発言したいね。

締めにベンジャミン・フランクリン(米100ドル紙幣に印刷されてる人だよ)
の言葉を置いて今日はおしまい。

足を滑らせてもすぐに回復できるが、

口を滑らせた場合は決して乗り越えることはできない。

ベンジャミン・フランクリン

 
最後まで読んでくれてありがとう!

それじゃまたね!バイバイ!


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次もがんばって書くからさ。


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